2012年9月30日日曜日

五ヶ瀬中等教育学校卒業生インタビュー - 池野将史さん(2) - 住宅設計の仕事

五ヶ瀬中等教育学校卒業生インタビュー、第6弾!
2001年卒業生の池野将史さんの第2回です。

前回は今の仕事についての話でした。
今回は、今の仕事(組織づくり)の前にやっていた設計の仕事についてです。

以下インタビューです。


飲み物を注ぐ池野さん

―1件当たりどんくらいのスパンでやるの?

まちまちだね。最後の物件がやっと今工事に突入したんだけど、分筆~農転~開発(※)含めてもう1年以上、500日くらいやってた。

その代わり、出し戻しが凄かった。建築設計業務だけじゃなくて、申請業務や、土地を整えたり水道や電気とかのライフラインを整える仕事もあるから。

うちは特に1件に対して関わってる範囲が広いっていうのもあるし。

絵を描くだけじゃないから楽しいところもあるけど。


【分筆】
公図(法務局で取得出来る地図)上、一筆で囲われた土地を二筆以上の土地に分割し、登記簿上それぞれ独立した財産に分けること。この逆を合筆と言う。それぞれ登記申請が必要。

【農転(農地転用)】
農地を農地以外の目的に転用すること。許可申請が必要。

【出来形管理】
工事において施工済みの箇所が設計図に示す形状寸法に対して適格かどうかを検査すること。


―期間が短いとどのくらい?

60日~90日かな。問題が無いと標準的には3ヶ月かな。


―営業に関連するような仕事もやるの?

直接の営業は担当の人がいるんだけど、お客さん対応はやるね。
だから、完全に裏側の黒子的な設計じゃなくて、営業設計的なところもある。


―そうすると、営業との役割分担ってどうなるの?

まちまちかなー。効率も言われるし、顧客満足も言われるから。
営業担当によっては、取ってきて後はよろしくっていう感じになる。
良くないことだけど、担当のスタイルやお互いの関係性によるんじゃないかな。

うちらも効率を外してくれればとことんやりたいんだよ。やりたいんだけど、会社側の設計に対するキャラクター付けというか求めるものっていうのが、都合が良いところだけを求めていて。


―例えば?

営業が弱いところは後ろの人がサポートしていきましょうね。その上で質も量も時間も満足させましょうね。みたいな。

例えば、設計の人も土日に打合せが入ってなかったら、営業所に応援に行きましょうねとか。それ自体は悪くなくて、それによって学ぶこともあればお互いに支え合う関係性も期待出来るかもしれない。

ただ、今のところ120%で仕事してるのに、その分平日に打合せ入ってて処理出来ない仕事が山積する。そして残業が増え、残業しづらくなり休日に出勤する。残業も多いし休日出勤も多いし実績につながらない仕事が多い。

拠点によっては、トップマネジメントしている人は営業出身で営業の下に技術がついている感じだから。分かってもらえない部分や軽視されてる部分はあるだろうね。

自分は営業に助けてもらったことも多くあるから、やはりお互いの関係性によると思うけど。
優しい人や若い子なんかは色んなものに呑まれちゃう。

それぞれが役割を認識したうえで、支え合い、活気ある組織が理想だけど。


今回は以上です!

2012年9月28日金曜日

五ヶ瀬中等教育学校卒業生インタビュー - 池野将史さん(1) - 住宅設計から組織づくりの仕事へ


五ヶ瀬中等教育学校卒業生インタビュー、第6弾!
今回は、2001年卒業生の池野将史さんです。
(自分の同級生です)

大学では神奈川に来て、新聞奨学生をしながら
建築の勉強をし、そのまま建築に関わる仕事に就いています。
現在は埼玉に住んでいます。

以下インタビューです。
今回は、今やっていることについての話が中心です。


ティーを飲みながら語る池野さん


―今どういうことやっちょっと?


新宿の本社に居て、今までと違うことをやってる。今までは住宅建築の設計をやってたけど、今は社内技術職のキャリア基準やキャリアパスを作ったり、評価基準や教育体系考えたり、技術的なところに関して通達や標準図やマニュアルまとめたりとか、社内の品質基準作ったりとか。

うちの会社はまだ成熟してないこともあって、どっちかっていうと今までは人に仕事が全部ついてた。それなりに組織が大きくなってきたから、そういったことをやっていって組織を成熟させないと、ジョブローテーションとかできないじゃん。

それが設計の部門は特に弱い。俺はそれまで現場で設計の仕事をやってたんだけど、「飽きた!」「こんなルーチンな仕事できるか!辞める!」って言ってたら役員に拾われた(笑)。

「新しい部署つくるから来るか」って聞かれて「行きます」って言って今の仕事をしてる。その役員の人が良い人で、「君ホントにラッキーだね」って言われて心が軽くなったけど(笑)。

しかも普通だったら、課長⇒(次長)⇒部長⇒役員がいるんだけど、役員が部長も兼任してるからすごいやり易いんだよ。


―それまではずっと現場?

そうだね。大卒で入ってから6年半はずっと現場の仕事。住宅建築の設計。その経験をサラにしちゃうのも勿体無いから、こんなのやればっていう話。今まではエンドユーザーを相手にしてたけど、今の自分の相手は社員になってる。

長くやってると経験値とかでゴールが大体先に見えるじゃん。その間の色々なことをどうやって処理していくかっていう感じだから、毎回「またか!」っていう感じになってた。

サイクルが一緒で、手順が全部分かってるから、これだけの物件をやるにはこれだけの労力がかかって、こういう手配をやって、自分がどれだけ働けば終わるかなっていうのが分かっちゃう。そうするとちょっと面倒くさくなる。


―やりがいとかは?

勿論、お客さんに関してはやりがいがある。作って喜んでもらえるとか。どっちかっていうと、仕事が自分の手から半分くらい離れた状態からの方が楽しかった。

それは自分が描いたものが、人の手で作られていって具現化されるっていうところを目の当たりにできるところかな。

んで、お客さんも意見が直接的じゃん。「イヤー良かったよ」とか「ココがちょっとね…」とか。それがすごい楽しかったんだけど、だいぶ件数もやったし…。


―何件くらい携わったの?

140件くらいかな。




今回は以上です!

次の記事はこちら↓

2012年9月25日火曜日

国語・現代文の勉強って何の役に立つと?


勉強って何の役に立つの?

これは多くの人が1度は抱いたことのある疑問ではないかと思います。
教科によっては何のためになるのかが分かりづらく
やる気が出ないこともあるのではないでしょうか。

特に国語は、よく分からない教科として
あげられることも多いのではないかと思います。

この話題に関連して、今回のブログ記事では、
ある方の話を紹介したいと思います。

「一流ビジネス思考術」 というメールマガジンを発行されている
中村仁さんという方のお話です。


■高校・大学時代に現代文の勉強を頑張る
中村さんのメールマガジンで
大学受験や司法試験での受験勉強、
特に、現代文の勉強について述べられていました。
この話を紹介します。

中村さんは、現代文の勉強だけで一日5時間は勉強していたのですが
勉強時間を増やしたり予備校に通ったりしても
模擬試験で偏差値で30台前半より上の数値を取ることができなかったそうです。

また、その後、司法試験も受験しました。
司法試験でもセンター試験の現代文に似た試験があったのですが
これも予備校に通ってもなかなか点数が上がらなかったそうです。

ご本人も
「まぁ、はっきり言って向いていなかったのでしょう」
と仰っています。

しかし、勉強には全力を尽くし、
また、評論や論理は好きだったこともあり、
暇があればずっと接続詞の使い方を勉強したり、
ロジックの本を読んだりしていたそうです。


■今にどうつながっているか…
中村さんは、現在、メールマガジンの執筆や
セールスレターの作成をメインとして
文章を書くことを仕事にされています。

そして、次のように述べています。

これらは論理以外にも、心理学や数学、マーケティングなど
多岐にわたる知識が要求される分野のため、

やっていけていると思うのですが、文章を書く以上、
最低限の論理や国語力は必要です。

そう考えると、受験時代で最低限の基礎は
身につけることできたように思えます。

そう考えると、人生は不思議なものです

受験勉強というと、高校卒業後とか
仕事の場面では役に立たないイメージもあるかもしれませんが
こうしてつながってくるものもあるのです。


■1の扉と2の扉
中村さんの場合、現代文を一生懸命勉強しても
勉強した当時はなかなかうまくいかず、
おそらく頑張る意味があるのかなとも悩まれたのではないかと思います。
ですが、そこで勉強を続けたことが今につながり、役に立っているのです。

勉強している当時は、
仕事でメールマガジンやセールスレターを書くのに役に立つから勉強しよう
といったことは思っていなかったのではないかと思います。

目の前のやるべきことや目標に向かって
全力で取り組んだことが後々につながったのではないでしょうか。

もしそこで全力で取り組んでいなかったら、
今役に立つレベルで身についてはいなかったのではないかと思います。

このことを、中村さんは、
「1の扉」と「2の扉」という言葉で表現しています。
私は弁護士のように、論理を駆使できる人間になるため
「1の扉」を懸命にこじ開けようと全力で取り組みました。

結局、その扉が開くことはありませんでしたが、

気づいたときには、その扉の隣にあった「2の扉」が
開いていたことに気づくことができたのです。

そして、

「2の扉」から得られたものは、「1の扉」を開けて
得ようとしたものより、自分にとってはるかに素敵なものでした。

だけど、

「2の扉」が開かれたのは、もともと「1の扉」を
開けようと扉の前にきたからだと考えています。

そうでなければ、「2の扉」が開かれることはなかったでしょう。

このような状況のことを「セレンディピティの祝福」と言うそうです。

*セレンディピティとは、ふとした偶然をきっかけに閃きを得、
幸運をつかみとる能力のこと
ジャック・M・ズフェルト The DNA of Successより

また、次のようにも述べています。

人生は何がどうなるかわかりません。

「1の扉」が開かなかった時点で過去を否定し、
挫折感を味わいながらその先の人生を過ごしていく
人もいるはずです。(かつての私がそうでした。)

一方、「あの時があるから今がある」と過去を肯定できる
人もいます。

そして、後者の考え方の方がチャンスもやってくると
思うんです。

まずは、目の前のチャンスに全力で取り組むこと。

すぐに夢や目標が叶わなくても、全力で取り組んだこと
それ自体が、将来の自分を見つける一つのきっかけになるのかもしれません。
元の記事はこちらです↓


いかがでしたでしょうか?

もちろん、やみくもに何でもかんでもやっていては…
という見方もあるとは思います。

ただ、自分が何をやりたいのか、何をすべきなのか
といったことがまだあまりうまくまとまっていないのであれば
まずは目の前のことに一生懸命取り組むことで
道がひらけてくることもあるんじゃないかなと感じました。

なお、このトピックに関連しますが、以前、
意味がないからといって勉強しないっていう考え方は
止めた方が良いんじゃないかなーというブログを以前書きました。
良ければ読んでみて下さい。


2012年9月3日月曜日

五ヶ瀬中等教育学校卒業生インタビュー - 荒武里衣さん(11) - 五ヶ瀬で経験したことと今につながっていること


五ヶ瀬中等教育学校2004年卒業生の荒武里衣さんへのインタビューの続きです。

前回は、卒業論文や修士論文についての話を聞いていきました。
今回は引き続き研究についての話の続きです。

前回の記事はこちら↓




■研究のつらさと楽しさ


―最後にちょっと視点が変わるんですが、五ヶ瀬で経験したことで今に生きてるなって思うことってありますか?荒武さんの場合は進路の話から結構リンクしてるような感じがするけど。

そうですね。あとコミュニケーションのことはすごく思います。

人って得意、不得意があるじゃないですか。中高の多感な時期って、なかなかそれを認められない時期でもあると思うんです。それが、例えばいじめになっちゃったりとかすると思うんですけど…

そこを考えるとうちの学年は、「何をする時は誰々だね」とか「これは誰々が得意だから」とかっていう意識がわりとちゃんとありました。


―NASDAの実験の時もそういう感じだったですもんね。大野さんと2人で実験して他の3人で考えようとか…

そういう感じですね。わりと、この子はここができるから任せようっていうのが結構ありました。
人に任せるのって結構重要じゃないですか。

自分がやっちゃった方が速いけど、でもいろんな後学のためとか、自分が後々楽になるためには、最初多少めんどくさくても人に教えたり、できることを任せたりとかっていうのが大事だと思います。

そういう感覚を身につけたような気はします。


―それはどういうタイミングで意識したんですか?

最初の頃は特に意識はしてなかったんですけど…でも高校の時に周りと1回そういう話をしたんです。なんでかっていうと、下の代でいじめが目立ってきてて…例えば、ネームプレートが無いとか…

すごく身近に暮らしていて、寮で生活していて学校に行ってまた寮に戻ってくるような環境で、いじめとかあると逃げ場がないので、ものすごくつらくなると思います。

もちろん、うちの学年も多少のことはありました。でも、必ず誰もが通る道で、そこを乗り越えて仲良くなれるかどうかっていうのがあると思います。

でも、下の学年は、そこを乗り越えて仲良くっていう感じがあんまり見受けられなくて、何でだろうねみたいねみたいな話を友達と軽くした時に、さっき言ってたような話が出ました。

高校生くらいで話してたと思います。高2とかになると相談しにくる後輩も来てて。


―なるほど、それは大事ですよね…卒業してからはどういうところでつながってきたと思いますか?

それは、例えばバイトとかで友達と話してても、「あの子がやるより私がやる方が絶対楽」「あの子に任せちゃうとすごい時間がかかるから私がやっちゃう」っていうことを言ってる人がいます。

そういう人は、後々自分がすごくしんどくなって大変になっちゃったりとかっていうのを見たりしてると、そういうことを思います。ダイビング部の時も似たようなことがありました。

私は自分が辛くなるのがイヤなので、わりとすぐに任せちゃうタイプです。
そんなに辛いっていうなら任せちゃえばいいのにって思っちゃいます。

でも、なかなかそれができなかったりするんですよね…
そういうのが客観的に見えるっていうのが、高校の時に話したような内容とつながってると思います。


―荒武さんは先生向いてるんじゃないですかねー。

イヤです!私頭悪いんで…


―いやーでも頭悪いのと勉強できないのは別やしね。

そのへんも最近すごく考えます。頭悪くてもやる人はやるし、要領よかったら全然問題ないですけど、頭がどんだけ良くても、学校に来なかったりとか期限守らなかったりとかする人もすごいいるんですよ。

でも、回転の速さの違いで進み方の違いをめちゃくちゃ感じる時があるんです。それはもちろん、努力で補ってきたんですけど、徐々に限界を感じてくることが最近多くなってきて…もうちょっと頭がフル回転すればとかって思います。

例えば、もっと速く英語が読めればとか、もっと速くこの計算ができるようになれば、次に速くいけるのにって思います。

当たり前にできるっていう感じの人が周りにいっぱいいて、こっちはプスプスいってるのにどんどん話が進んでその速さについていけないとかっていうのがあります。


―それはあると思います。それは否定はしないんですけど、良い先生になると思うし、良いリーダーになると思います。人に任せるっていう視点も持ってるし。

リーダーシップっていう面では、、、
実際今自分の手だけでは足りなくて、何人か人を借りて学生にやってもらったりとか、アルバイトさんにやってもらったりとかはしてるんです。

教えてそこまでは良いんですけど、このくらいはできるだろうと思って見積もったのが、できてないことも多いんです。

例えば、今まで実験しててちゃんと教えてて、次の段階に進む時に「サンプルは?」って聞くと「え、全部捨てちゃいましたよ」っていう答えが返ってきたりとか。

「なんで捨てたの?とっといてって言ったよね?」って言っても「もう必要なくないですか?」とかって言われて全部なくしちゃったこともあって…

それをフォローしながら他のことも一緒にやっていくっていうのは結構重労働で辛いです…
さっき人に任せた方がいいって言ってましたけど、やっぱり大変なこともありますよね。。

期限が決まってて、学会に応募しちゃってて、学会が何日でって決まってるのに、寸前でサンプル無くしちゃったってなると、そこから学会で発表するためには、その子の力量がどのくらいでとか考えてこのくらいまで出してもらって後は私が形にするとかっていうこともあったりしました…

そういうことを経験すると、あー先生は大変だなー、先生ってすごいんだって思いました。
この先ずっとそれを頑張っていく自信や覚悟はまだそんなにないんです…
まあでもこの先はどうなるか分かんないです。予定は未定ですね…


―でも先生なのか別のものかは分からないけど、そういうことをやらざるを得なくなった時にまとめ役としては良いと思うなー。

でも結局いくつになってもこの先どうしようとかって悩むもんですね…

昔は、20後半になったら完全に人生の事は決まっていて、就職も決まってて、働いてて…
って思ってました。でもそうじゃないですよね。


―ですね、そうじゃないです。

五ヶ瀬の人も結構いろんなことやってる人も多いですしね。同級生で花の女王になってる子もいますし。

―人生いろいろですね…今日はいろいろと面白い話をありがとうございました!







荒武さんの回は以上です!

全11回にわたってお届けしたロングインタビューでしたが、五ヶ瀬から大学時代の話、そして今の研究の話等いろんな角度からの中身が詰まった濃くも楽しい内容でした。

また機会があればいろいろお話を聞いてみたいですね。
ありがとうございました!