2012年7月2日月曜日

五ヶ瀬中等教育学校卒業生インタビュー - 荒武里衣さん(2) - 研究分野の話の続き

五ヶ瀬中等教育学校2004年卒業生の荒武里衣さんへのインタビューの続きです。
前回は、専門の研究分野についての話を聞いていきましたが、今回もその続きです。

前回の記事はこちら↓




■海洋生物を対象とする天然物有機化学の歴史 

―そうなんですね。じゃあ海洋生物が対象になってきたのは結構後からなんですね。

海洋生物の研究の歴史があまり古くないのは、潜水技術が確立されていなかったことが理由として挙げられます。

ヘルメット潜水という、ヘルメットをかぶってホースで空気の供給をする古い潜水方法は、1900年前後には基本的なシステムが確立されているんです。


でも、ダイバーに非常に熟練されたスキルと体力が要求され、安全性も決して高いわけではなく、装備も仰々しく、気軽に生物の研究が出来るといった感じではありませんでした。

これに対して、今では一般的になっているスキューバーダイビングは1943年に新型の潜水器「アクアラング」が開発されたことが始まりです。

そして、日本にスキューバダイビングがやってきたのは第二次世界大戦の後で1954年頃。その後、1970年頃にライフジャケットのような浮力調節ができるBCという機材ができ、1980年頃に他の器材が更に発達していき、この頃にやっと一般的にスキューバダイビングが普及していきました。

ここまできて、多くの研究者がやっと安定して海洋生物を観察・採取できるようになったんです。新しい世界への可能性が増えるということは、その世界への研究もブームになるということです。

そこで、天然物有機化学の分野でももちろん注目されました。海洋生物はこれまで手を付けられていなかったので、二次代謝物を探せば新しいものばかりですからね。


―へー、思ったより最近なんですね。何十年も前からやってるのかと思ってました。

そうなんです。天然物有機化学の分野自体は結構前からあって、植物に関してはだいぶ前からやられているんです。でも、海洋生物に対しての研究は比較的最近始まっていて、1985年からですね。


―じゃあ研究分野の歴史としては結構新しいんですね。

そうですね。ただ、新しい化合物の探索の研究についてはだいぶ打ち切りになってきています。もちろんまだ新しく見つかってきてはいるんですけど、次の段階という形にはなってきています。

最初の頃、海洋生物を簡単に採取できるようになった頃は、研究者はこぞって海洋生物に含まれる二次代謝物の構造を明らかにしていきました。陸上生物とはかなり異なる環境に生息する海洋生物からは、これまで見たこともないような構造の化合物がぞくぞくと得られます。

新しい化合物の構造を発見すると報告のために論文が書けます。海洋生物はこれまで天然物有機化学で研究してきた植物に比べて、水中というフィールドも新しく、軟体動物や無脊椎動物といった生物も新しいので、やればやれほど成果が出ました。ですので、研究者はまず最初に化合物の探索と発見に力をいれました。

ですが、海洋生物からの新しい化合物の探索がブームになってすでに30年くらい経っています。潜水技術が発達したからといっても、人間が到達出来る水深は30~40mが限界です。特別な訓練、設備があれば100mくらいまで行けますが、あまり現実的ではありません。

そうなるとだんだん手近の海洋生物はほとんど研究されつくすようになりました。ただ、これは新しい化合物の探索研究ではという意味です。生物分野の研究ではまだ多くの課題があります。

そこで次の段階に移ってきているのですが、次の段階はというと、最初にちょっと触れた天然物有機化学の目的が関係してきます。目的は、役に立つ物質を見つけて、本当に役に立つか確認して、役に立つのであれば供給方法を確立することですので、発見が大体一息ついたら、次は見つけた物質が本当に役に立つかどうかの確認や、どうやって供給方法を確立していくかということが研究課題になります。

例えば、がんやC型肝炎、エイズなどの病気にどれが一番効くかっていうことを調べて、そこから類似化合物を合成して実際に薬を作りだすといったことをやります。それまでの構造の決定という単調な作業から、もっと細かな、そして幅広い研究スタイルに移っていきます。


■海洋生物の多様性

―なるほど、そういうふうに移り変わってきているんですね。

そうですね。ところで、さっきも言いましたが、生物が何でそんな毒や薬になるものを持っているのかは分かっていないんです。これは、天然物有機化合物の目的には直接的に沿わないからですし、生物学の分野では、まだこのような生態機能についての研究まで達していないからです。

少し生物の話になりますが、現在、生物の多様性という観点からみると、陸上の生物より海洋生物の方が圧倒的に多様性が高いと考えられています。でも実際には、現在知られている種は陸上生物の方が多く、その大部分が昆虫です。大体6割くらいです。

では、なんで海洋生物の多様性が高いと言われているかというと、これまでに知られていない種の推定数から導き出されています。現在まだ見つかっていない種の推定数として、陸上では4000万種の生物がいるとされています。

一方、海では100万~1億種程度の生物がいると推定されています。推定の数値に2ケタの振れ幅があるのは、正確な推定が困難であるほど研究が遅れているということです。海洋学者の中の意見は、海洋生物に関する人類の理解は大幅に遅れているという見方で一致しています。

そこで、2000年に、世界80カ国の2700人の科学者が海洋生物の個体数調査の国際共同プロジェクトネットワークである「Census of Marine Life」という海洋生物調査のプロジェクトが設立されました。

これは世界全体の海洋における環境及び生物の理解に貢献する大規模なプロジェクトです。全海洋生物の知識を高めることをねらいとしていて、これまで不確定だった海洋生物研究のベースになるカタログを初めて完成させる活動などが含まれています。

このプロジェクトは10年間で成果を発表することを目的としていました。そして、2010年10月にロンドンにて成果が報告されました。この調査の結果、海洋生物の種数の理解が約23万種から25万種に増加しました。また、正式に新種として記載されたものが1200種、また新種として記載されるであろう種が6000ほどあることが報告されました。

海洋生物に関連して有名な「オーシャンズ」という映画がありますが、実はあの映画はこのプロジェクトの一環で作られていて、社会還元の1つとして公開されたのです。

今までいろいろとお話ししてきましたが、、海洋生物の生物学的視点での研究は、まだほんの初期段階なんです。生物の種の決定もあやふやな物が沢山あります。特に天然物有機化学によく着目されるサンゴやホヤ、海綿、軟体動物、海藻などの海洋無脊椎動物では、分類すらはっきりしていないものが多数あります。


■卒業論文&修士論文での研究内容

―へーそうなんですねー。意外に分からないことだらけですね。その中で荒武さんがやってることとしては、そういった生物、例えばサンゴとかから出ているものが毒とか薬とかになるかどうかみたいな話なんですか?

元々そういうものをやってたんですが、今はそこから移りました。

卒業論文では主に海綿から新しい化合物をひたすら探してたんですが、修士論文では物質と生物の関係を調べました。具体的には、ソフトコーラルの中のウミキノコと呼ばれる種類に注目して、ウミキノコの種と化合物の種類が一致するのかどうかを調べました。

今は、生物が実際にどうやって作ってるのか、生合成経路の話を調べています。生合成経路というのは、体内で作り出される経路のことで、一次代謝物ではクエン酸回路とかが有名です。

そういったことが遺伝子にちゃんとコードされているのかというところを探しています。化学系から生物系に移った形です。



以上です!次回は高校時代の話を聞いていきます。

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